まつざきなおみ(なお)
Matsuzaki Naomi
両親ともに、おしゃれ好きな人ということもありお洋服好きなのは本当に小さい頃からでした。
すごく豊かな家というわけではなかったのですが、4歳年上の姉のお下がりを着ることはなく食費と衣服費が高い家庭だったんじゃないかな。
短大生になって、バイトを始めるもお給料は全てお洋服に使っていました。
その頃、摂食障害で心も身体も病んでいたため毎日が楽しいとは思えず、心許せる友人もいませんでした。
わたしの楽しみと言えば、ただただお洋服を買いに行くことと、そのお洋服をコーディネイトして出かけること。
短大の幼児教育科だったのだけれど、大学の先生からも、保育の仕事に就くよりもお洋服関係の方がいいと勧められるほどでした。
(母から反対されて叶いませんでしたが 涙)
今、『hum』というお店をやれているのは、
2003年、主人が会社を辞め空調設備業で独立したところから始まります。
何も分からず、マンション購入直後だったこともあり、マイナスからのスタート!
小さい子ども2人いたことが励みとなり3年後に法人化しました。
(・・・と書くとすごく順調のようにも思えますが途中、うつやパニック発作で苦しんだ時期もあり。
ただ、若い頃の摂食障害とこの時のつらい経験がセラピストや占いの仕事に役に立ったのだなと思います。)
その1年後に、会計士さんからの勧めもあり、「自分の好きなことをやろう」と2008年4月に最初のhumオープンしました。
物件探しから、仕入先を決めることなど、知らないことばかり。
ですが「知らないこと」で、反対に気に入った作家さんやお洋服ブランドの会社さんに連絡を取り、直接、代表に会ってもらうというやり方で(それしかできなかった)
愛知県ではhumでしか取り扱いのない作家さんの作品や、ブランドの商品をお店に置くことができるようになったんです。
そのときのhumも、『大切なモノ・コト・ヒトに出会える場所』というコンセプト通り、カフェdayがあったりエステやリラクゼーションのイベント、
お花やハンドメイドのワークショップなど、今のhumと同じく色々なイベントを開催していました。
ビルの3階でとても広い場所でしたので、ギターと歌のライブや、ケータリングをお願いして「夜hum」と呼んでいたパーティーも。
夢だった、全国紙にも紹介され本当にたくさんの方に大切にしていただいたお店でしたが、5年後にclose。
この時は、humをこうして再開するなんて思ってもみなかったです。
・・・となると、何故closeしたのか?
ということになると思うのですが、理由は色々ありました。
中でも、そのときの気持ちをひと言で表すとしたら「やりたいことが他に見つかった!」・・・かな。
仕入れのために行った東京で、ミラクルが起きたんです。
詳しいことは、著書でもある本に書いてあるのですが、
(↓コチラです)
この時のミラクルがきっかけとなり私の人生が大きく変わっていくことになったのでした。
(聞きたいー!な方はhumにいらした時に聞いて下さいね-)
この時にできた、私の夢は
ごきげんで優しい世の中にする ということ。
考え方は色々、行動の仕方も色々・・・
私はそのために、「まずは女性をごきげんにしよう♪」そう思いました。
想像してみてください。
「ママがごきげんな家庭」と「ママが不機嫌な家庭」
パパの機嫌も、子どもの機嫌も⇒ママ次第
私はそんな気がするんです。
大きな世界を変えるのは私一人では大変なこと・・・かもしれない
・・・というより不可能かもしれない
けれど、それぞれみんなが目の前の人に優しくしたら・・・
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家庭は小さな世界なのだから、自分の家庭を幸せにしたら
世の中は変わる!!!
そこで、ショップコンセプトのところにも書いた
『女性がごきげんなら男性もごきげん♪そうしたら、自然に子どももごきげん♪』
この言葉だけを、会う人会う人に伝えてきました。